紅く彩られた葉がひらり、降りてきた。
辺り一面を染める美しい赤。
視線を上にやれば、一面の紅枝垂が葉を揺らしていた。
それは酷く赤い、春に紅葉するもみじ。
初めて出会ったのは、春を感じさせないそんな景色の中。
佇む女、はふいに現れた男と目を合わせた。
──死神じゃない……か。
その男、護廷十三隊、十一番隊に属する弓親はそう思い、ただ見やった。
朱に染められたこの景色の中、佇んでいた女人を。
瀞霊廷といえど、貴族の居住区や護廷の隊舎から遠く離れたこの場所。
弓親は気まぐれに訪れただけだったが、まさかこんな景色を目にするとは思わなかった。
この時期は正に春爛漫だというのに、春の桃色にそぐわぬ紅が舞い降りては、大地を
染めていく──どこか妖しげで目を奪われる光景。
その中に一人の女が佇んでいた。
二人、柄の間目を合わせていたが女の方はその目を逸らし、ただ風に流される春の
紅葉を目にしていた。
弓親が気にすることではなかった。
けれどこれ程の情景を目にしても慣れているのか、彼女の目には感動が見えない。
いや、先程自分と目を合わせた時もそうだった。
何を目にしても心浮かない、そんな目をしていた。──だから思わず、話しかけて
しまった。
「──綺麗だね」
「そうですね……」
一時、間を置いて静かな答えが返ってきた。
その物腰がどうも育ちの良さを思わせて弓親はああ、貴族かも、と簡単に思うだけだった。
じっと赤を見つめる女、気まぐれにも訪れた弓親。
二人がただ、そこに居た。
「これってもしかして……紅枝垂ってやつかな、こんな所で見れたんだ」
「数はそれ程ありませんが……」
「ああ、でも──」
見事な赤だった。
少なくとも、二人が佇み目を楽しませるには充分といえた。
弓親は気まぐれに声を掛けただけだったが、その女はただ佇んで。
いずれこの春の紅葉に埋もれてしまうのではないかと思う程だった。
──暗い女だな。
そんな印象を持った。
このまま去ってもよかったが、せっかくの珍しい景色をもう少し目に入れたかった。
それに一人、疲れを癒そうとあのいつも騒がしい隊舎を抜け出してきたのだ。
だから、そこに腰を下ろして木に背を預けた。
その女は未だ佇んでいる。
「春の紅葉なんて乙かも。少なくとも、薄い桃色よりは好きかな」
黙っていても目を楽しませるこの景色だが、見ず知らずの者とただ、その場にいるのも
味気ない。
弓親は一人事のように口にしたのだが、その女がばっと顔を合わせたので目を丸くした。
「私も……好きです、この景色が。それに春じゃないみたいで……」
本当に好きなのだと弓親も分かったが、女は最後に少し俯いた。
「春が嫌いな奴みたいだね」
「嫌いな訳じゃありません!」
驚いた。
暗い印象、静かに一言返すだけだった女がいきなり声をあげたのだ。
弓親は首を傾げたが、すぐにその女は申し訳なさそうな表情を作る。
「申し訳ありません……大きな声を出してしまって」
「別にいいけど……」
修練場での野郎共の地鳴り声に比べたら随分ましだし、気にはしない。
「ただ……来年の春は……」
「来年?」
その女は言いにくそうにしていた。
弓親は別に言いたくなければ、と視線を逸らす。
身の上話など重い話なら尚更だ。
「祝言をあげるのです」
「ふーん……おめでとうって言ったらいいのかな?」
丸で興味のない話ではあった。
ただこの景色を共有するだけの関係。
一期一会──
「めでたくなどありません」
「そうなんだ」
弓親はふっと微笑する。
先程までの、どこか暗い雰囲気。
ただ舞い降りてくる赤い葉が肌を掠めても丸で気に留めない、埋もれてしまってもいい
といった雰囲気。
きっとその祝言が嫌なんだろうと──。
死神かどうかは定かではないが、恐らく貴族だろうこの女。
育ちの良さそうな物静かな口振り、祝言などと口にする事がそう思わせた。
まあ、お嬢様か、と。
「嫌です、決められた相手とだなんて」
「まあ、そうだよね」
その女──弓親に内心貴族のお嬢様か、と思われているが目を潜め、一時弓親を
横目に見たが、すぐに目を伏せた。
弓親の軽い口振りに目を潜めたのだが、すぐに自分の置かれた立場を思い出してしまって。
ちらり、見れば涼やかに笑みを浮かべ、この赤景色を楽しんでいるらしき死神。
綺麗なものに目を細める路傍の人そのものだった。
そしてその心中は軽やかなのだろうと思えば、反対に重い自分の心が余計に疎ましい。
「あなたは……自由なのですか?」
「僕? うーん……そうだなあ……死神だからやっぱり色々規則はあるけど、自由かな。
好きにやらせて貰ってるし」
「羨ましいです……」
またも目を伏せた、弓親はふっと笑う。
「どうして? いいじゃない、何不自由なく暮らして来たんだろ、貴族のお嬢様」
が射抜かれた様に、はっと目を合わせた。
けれど辛そうで──すぐに。
──あーあ、何で泣かせちゃったんだろ……
ほろり、伝った涙があった。
弓親は介入しすぎたかと、息をつく。
「確かに……っお嬢様と呼ばれるかもしれませんが……っ下級貴族など、何の権力も
財力もありません……! 護廷の上位席官の方々の方がよほどお力もあるでしょう……。
家柄も見繕う世間体も私は要らないというのに……!」
そこには怒りも存分に含まれていた。
見ず知らずであった自分に簡単にこういった込み入った事を話してしまうのもやはり、
世間知らずのお嬢様ととれる。
弓親は呆れぎみに軽く流す所だったが、一つ思ったのは。
──っていうか、僕も一応上位席官に入るんだっけ……。
そしてもう一つ。
「家柄とかなんとか、そういうのが絡んだ結婚なんだね」
「……っそれだけじゃありません! お金すら……お相手の方は、古くより商いをされていて
裕福だから、と……」
もう一つ、涙が零れていきそうだったが、弓親は。
「お金持ちならいいんじゃない?」
「私の家は瀞霊廷ではごく普通の暮らしをしています……! 金銭に窮している訳では……
それに」
そこではぎゅっと唇を噛み締めた。
拳を握っている様に、お嬢様が拳なんてと、どこまでも傍観しようとしている弓親が居たが。
「お相手の方は……」
「相手の奴は?」
弓親が首を傾げた。
「だ……」
「だ?」
言いにくそうな、弓親ははらり、降りてきた紅葉を手にしたが。
「男性が……お好きらしいのです……本当は」
「……っ!!」
弓親は思わず吹き出してしまい、手の平で優雅に揺れていた紅葉が吹き飛んでしまった。
「……っちょっと……待って……っそれって……」
「わ……笑い事ではありません!!」
「だって……く……っもう駄目……っ」
ついには盛大に笑ってしまったのだった。
は笑い転げる弓親を恨めしそうに見ていたが、口を尖らせ息をついた。
「その事自体はどうという事もありません……個人の自由ですし……ですが……」
「生まれ持った事って奴だろ──っていうか、君との結婚も偽装みたいなものなんじゃない?」
「そ、そうです……」
弓親は未だ、笑い止んでいない。
は名も知らぬ死神に打ち明けてしまった事で、少し心が軽くなった事に気付く。
先程の涙もいつの間にか消えている。
どうして打ち明けてしまったのか──通りすがりの人だからか、それとも。
涼やかに、けれど忌憚なく話す彼だから、見ず知らずといえど話してしまったのか。
紅の葉が舞うこの光景に現れた彼が、瞬く間にすんなりと馴染んでしまったかの様に。
「あの……」
「何?」
弓親は要約笑い終えた様だった。
少しだけ、打ち解けたかの様な雰囲気がそこにあった。
「あなたは……死神だから、お強いのでしょう、きっと……」
「まあ、その中でも強い方だけど」
「もしあなただったらどうしますか……?」
弓親はふっと呆れた風に。
「意味のないことを訊くんだね」
「やはり……そう思われますよね。私のことですし……」
「まあ、そうだよね。僕に置き換えてどうするのさ。流魂街出身の僕に貴族のお嬢様が
貴族の居住区の道案内を頼む様なものだろ」
は息を詰めた。
死神ならば、自分の力で切り開けるのだろうか。
ぬくぬくと育ってきた自分より、遥かに。
「断れる様に……両親を養っていけるくらい……私、頑張ってみます」
「そうなんだ、まあ来年の今頃祝言あげてなきゃいいけど」
「……っ阻止します!」
弓親はふっと笑う。
偶然出会った下級貴族の娘。
何やら、人生の分岐点に立たされているらしきこの女の名を知ったのはそれからすぐの
ことだった。
そして、季節は移り変わっていく。──
冬の厳しさが過ぎていく最中だった。
春の紅葉はとうに落ちてしばらくのこと、凍える寒さが穏かになり、来月には再びその
赤色が見えるだろう、そんな頃。
瀞霊廷外れの山のふもとへと急ぎ足で駆けるが居た。
いつからか定められた、月に一度の待ち合わせの日であった。
「はあ……っ」
息を切らして、目にしても誰もいない。
必死に辺りを見渡していると、ふいに風を感じた──霊力は強くなくとも、死神でなく
とも分かる。あの人が来たのだと──。
「どうしたの? そんな必死に」
「あ……っ弓親さん」
がぱっと振り向けばその人──弓親がふと笑っていた。
はほっとして、微笑む。
「よかった……少し遅れてしまいましたから」
「少し歩いてたんだ。それにこのくらい待てるよ」
ふっと笑った弓親には穏かにさせられる。
下級といえど、貴族の娘であるはこの冬を終えたら結婚を控えている。
けれど、それを白紙に戻そうと両親を説得している最中なのだ。
条件に出された立派に自立すること。
瀞霊廷の飲食店にて毎日働いているのだった。──
春の日、偶然知り合った弓親はそんなを応援している。
あの日から数日、何気なく訪れてみれば再び出会った二人。
ほんの少しだけ、会いたいと願った気持ちが少なからずそこにあった。
それからもう何度出会ったか。
今では仕事に精を出しているに弓親が気を回し、月に一度ここで待ち合わせる
事にしている。
初めて出会ったこの場所で。──
「どう? お店は」
「はい、先週に斑目三席が部下の方々を連れていらしてくださいました。店主も助かる
と仰って……本当にありがとうございます」
「気軽に呑めるから行くんだろ、でも改めて思うけど、居酒屋で働くなんて、よく親御
さんも納得してくれたよね」
はにこりと笑う。
初めて会った時の、暗い顔ではない。
徐々に打ち解けていった二人のささやかな時間がそこにあった。
「ずっと憧れてたんです。いつも死神のお客様が賑やかに出入りされていらっしゃるのを
目にしていましたから」
「自立に繋がってるんじゃない? 相手の男はまあ……財があるから親の説得も楽だった
みたいだけど。後はの両親の説得だけか」
「はい……お相手の方に思い切って相談してよかったです」
が相手に実は恋人がいる事を知ったのは、弓親に初めて会う少し前のことだった。
偶然見かけた仲睦まじい姿。
然もその恋人は男性であり、自分と仕方なく結婚するのだったらやめて欲しいと。
そう思い切って両親には秘密で伝えれば、相手も実は困っていると漏らしたのだ。
そこで二人はそれぞれの両親を説得する事にした。
も両親にまだ結婚はしないと告げた。
しぶしぶ納得したその条件は自立する事。
はもう少しで、貯めた給金を頭金に小さな家を購入できそうだった。
瀞霊廷の外れの、この近辺の小さな小さな、古いあばら屋。
もとは、ある上級貴族がこの山に散策に出向く際、休憩所として使っていたらしい。
今は朽ちてあばら家といえど、家を手に入れるのだ、支払いは厳しい。
けれど自立の証として、はそこで一人暮らす事に決めたのだ。
「もう少しで……来月の給金も加えて、頭金にできそうです。それにお店も……私はまだ
一年も働いていませんが、先日からは店開けや閉めも任せて貰えるようになったんです」
「ほんと? よかった」
「はい……!」
明るい笑みが見えて、弓親は安堵する。
も忙しいし、中々会えない。
あの日、意外と面白かったとの会話。
美しい春の紅葉。
もう一度と、何気なく足を向ければ同じように、が居て驚いた春の日。
今はこうして外で待ち合わせたのなら少々体も冷える。
度々の働く居酒屋に呑みにいく事もある。
一生懸命働くとこうしてゆっくり話せるのは、月に一度のこの日だけだ。
も疲れて休みたかろうと、弓親が提案した月に一度の──。
「こうして、一歩も二歩も踏み出せたのは、あの日弓親さんに会えて……お話を聞いて
頂けたからだと、そう思ってます」
「時々言うよね、それ。──でも、まあ嬉しいかな。僕は大した事言ってないけどね」
「でも、とても心が軽くなりました……。一人、悩んでいたから……それに弓親さんが
笑い飛ばしてくれた事で、人生の終りじゃないと……そう思えました」
「、大げさだよ。……でも、結婚が懸かってればそうも言えないね」
「そうです、だから……幸運でした、弓親さんと会えて」
まだ冷えるこの時期、二人は雪もとうに溶けたそこに腰を下ろして会話を交わす。
いつの間にか当たり前になった光景、変えたくないと願う時間。
はちらりと弓親を見る。
弓親は他人の事など気にしなそうだが、こうして会いに来てくれる。
いつからかこの時間が大切になった。
「僕も……そうかもしれない。貴族のお嬢様と話すのも意外と面白いって知ったし」
「えっ……」
「しか知らないけど」
弓親は含みを持たせた笑みを浮かべたので、はどきりとする。
「そ、そう言われると……純粋な嬢としては……」
「困るとか?」
「ち……っ違います! その……」
は勇気を振り絞る。
季節を越えて、いつの間にか芽吹いた想いがあった。
自分の働く居酒屋に仲間を引き連れてきては応援してくれる事も何より嬉しく、時には
泣き言も聞いてくれて、そして的確な言葉をくれる。
何よりこうして弓親と居ると、楽しくて胸高鳴るから──
「期待を……してしまいます」
弓親は一時、押し黙ったが。
「そう」
一言返したのみだった。
が不安げに見つめると。
「そろそろ帰ろうか、冷えてきたし」
「えっ……はい」
弓親はいつものように僅かに笑みを浮かべ、立ち上がった。
もそうして、来月の約束を確かめるしかなかった。
「じゃあ……一ヵ月後に」
「うん、じゃあね」
弓親は護廷の隊舎の方へ行ってしまう。
はその背を見送るしかできなかった。
「やっぱり……」
弓親は自分をただの友人程度にしか思っていないのだとわかり、視線を下げた。
一月後、冬が過ぎ、春爛漫の桜吹雪舞う季節が訪れた。
けれどの目の前には、桃も桜もない、ただ辺りを染める赤い葉景色があった。
一年前にも目にした、春の紅葉だ。
鮮やかな紅色は韓紅と呼ぶに相応しい。
は眺め、すっと目を細めた。
「……っと」
先日頂いた給金、やっと貯まった頭金。
朽ちたあばら家を所々補修していたが、それもやっと実を結び、大分小奇麗になった
といえた。
そして今、私物を運び込んでいた。
「はあ……っどうにか……」
運び終え、荷台を返すと一度外に出て、改めて外観を眺めてみた。
春の紅葉がすぐ近くにあるこの場所。今日からここが自分の城だ。
「頑張ったなあ……」
感慨を覚え、この一年近くを振り返った。
両親に猛反対されたこと、居酒屋で雇って貰えたこと。
毎日あくせく働き、この家を見つけたこと。
弓親に出会えたこと──。
──弓親さん……そろそろ来る頃かな……。
月に一度の待ち合わせは今日だった。
は赤い紅葉が囲むように浮かぶその景色の中に足を踏み入れた。
二人が初めて出会ってから一年が過ぎ、真っ赤な葉が今年も山のふもとに揺れている。
弓親が好きだと言ったこの景色を眺め、は微笑むも少し切なくなる。
先月会った時は、想いを滲ませてしまった自分に弓親はただ「そう」と返しただけだった。
やはり友人以上にはなれないのか、なんては思ってしまった。
弓親と会える事が、いつしか楽しみに、喜びに変わっていったこの一年があったから。
──まだこれからだけど……こうして、自立できたら伝えようと思ってたのに……
恋心がいつしか芽生えていたのだ。
なのにもう既に拒否されたのかもしれない。
が切なげに目を伏せたその時。──紅色の紅葉が巻き起こった風に散り、ゆるやか
に振るぼたん雪の様に、はらはらと舞い落ちてきた。
「綺麗……」
が目を開き、降ってくる紅をただ目に入れる暇もなく、目の前には。
「……っ弓親さん!」
「はあ……っ急いで来ちゃったよ……ごめん、驚かせて」
「い、いえ……」
は突如現れた弓親をただ見つめていた。
驚いたのは、死神はこんなにも速く移動できるのかということ。
話には聞いていたが、片鱗すら目にした事はなかったのだ。
「ここに来る途中ちらっと目に入ったよ、の城。手に入ったんだろ?」
「はい……小さな、古い城ですけど」
「てことは、両親の説得も大丈夫だったんだ」
「はい……ずっと前から何度も、繰り返してましたから……折れてくれて」
「そう……」
微笑む、弓親は頷くもふう、と息をついた。
何か考え込んでいる様子の弓親には首を傾げた。
「弓親さん?」
「ん? ああ、ちょっとね」
「どうか……したんですか?」
弓親は再び息をついて。
「だってさ……が自立するって言って、本当に自分の城手に入れちゃって。
見合い相手の男は簡単に引き下がっちゃうし、は両親も説得しちゃうし、
あの家の修繕も引越しも一人で手配して全部済ませちゃうし。──全く、僕の
出番がないよ」
は目を丸くしてしまった。
弓親は怒っている風でもなく、呆れている風でもなく、ただはあっと息をついていた。
「あの……出番って……」
「もう少し頼ってくれると思ったんだけど。貴族のお嬢様は意外と逞しかったみたいでさ」
「え……っあの、頼るって……」
はただ、惑うばかりだった。
当初辛い時、弓親に泣き言を漏らして叱咤された事もあった。
けれど弓親は間違った事は言わなかったし、結果自分の為になったとはよく
実感していた。
背中は押しても容易く手助けはしない。
そんな弓親を信頼して、いつしか意識して──好きになったのだ。
今、弓親は軽く口を尖らせていたけれど、苦笑して。
「が努力してきたのはよく分かってるよ。けど、どうしても上手くいかなかったら、
僕が格好よくさらっていく筈だったんだけど」
「さらうって……あの……」
の胸がとたんに高鳴り出した。
ただ見つめるしか出来ないに、弓親は要約いつもの様にふっと笑う。
「鈍感だね、僕が気の無い女といちいち月に一度待ち合わせすると思う?」
「それは……嫌われてないのは……わかってましたけど……」
「先月も少し、確かめたよね?」
そこでは自分が落ち込む原因となったあの時の弓親を思い出す。
端的に返しただけの弓親はきっと自分の事など友人としてしか見ていないのだろうと。
そう感じて何日かは落ち込んでしまったのだ。
「え……でも、そのまま帰ってしまったので、私は期待してしまった事を悔やんだ
のですが……」
「が自立出来るっていうこの日まで待ってただけ。万が一最後に何かあったら
榊家に乗り込むつもりだったんだけど、全く要らない心配だったね」
弓親は苦笑するも、すぐに微笑む。
おまけに引越しまで一人で手配して済ませてしまっていたに、本当に何も手助け
は要らなかったのだと、少し残念な気持ちがあった故、先程若干口を尖らせた。
「だからせめて、初めて会ったこの場所で──同じ景色の中で結婚を申し込むよ」
あまりにすんなりとした口振りにはすぐに言葉が出ない。
今弓親はなんと言ったのか。
向かい合う二人の周りには、時折紅色の葉が降りてくる。
「け……結婚……あの、弓親さん!?」
「は嫌? 好かれてると思ってたんだけど」
「そ……それは……っ好きに決まってます……」
「そう、よかった。僕も好きだしね──が」
勇気を振り絞り、堪えてした告白はすんなりした言葉で受け止められてしまった。
は息を詰めて、見つめるしか出来ない。
「あの……っでもいきなり結婚って……」
「──言ったろ、万が一最後に何かあったらの家──榊家に乗り込むつもりだったって」
「は、はい……」
「自立も、婚約破棄も……どうしても上手くいかなかったら、僕が格好よくさらっていく
筈だったんだけどって」
「はい……」
「そんなに早く嫁がせたいなら僕がと結婚するって宣言するつもりだったんだよね。
元からそういうつもりだったから、今更一から付き合うっていうのも……は? 嫌
じゃないなら頷いて──」
はゆっくりと、でも確かに頷いた。
ひたすら嬉しいのに足が震えそうで、立っていられるかも分からない程だった。
弓親がすっと手を伸ばし、そんなの手を握った。
一歩、近付いてもう片方の手も。
の両手を優しく包み込んで、今。
「改めて──僕と結婚して欲しい」
初めて会った時と同じ、春の紅葉が華やかに彩られたこの景色の中。
「謹んで……お受けします」
涙まじりの声が聞こえ、弓親は優しく微笑んだ。
美しい紅色──韓紅の紅葉が、そっと二人を見守っていた。
2008.8.25 清葉
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