**夏木立**







「しんりんよくだっ!!」と持参した敷布の上に彼女は大の字を描きながら倒れた。その衝撃も気にならないほど彼女は目の前いっぱいに広がっている景色を堪能していた。

 緑生い茂る夏の木立。空を覆い隠すように一面が緑で、その葉の一枚一枚が太陽に透けて眩しい。自分の手や腕がその影と光とで斑模様に染まる。恐らく全身がそうなのだろう。

 夏の隊舎は嫌いだ。夏の執務も嫌いだ。暑いのは嫌いだ。

 瀞霊廷内から抜け出し、少し離れたところにひっそりとある、森というには頼りなく、林というには物足りない場所。暑さを忘れるほど涼しくはないが、どこかひんやりとこの身を癒してくれる。

「本当にサボる時はこんなところに来るんだね。いつか前は隊舎の屋根瓦だったのに」

 音もなく忍び寄ってきた上司の姿に彼女は思わず半身を起こした。意地悪く気配を消して来たのだろう。「あはは」という渇いた笑いが彼女の顔に貼りついている。

「副たいちょーもサボりですか? 隅に置けませんね」
「そんな訳ないだろう。雑務を放棄したきみを探しに来たんだよ」

 彼女の脳裏には自分の机上に溜まった数多の書類が浮かんでいる。市丸隊長謀反後、隊長業務を兼任する吉良を補佐するのが彼女の役目だ。けれどそれを今放棄し、こうして執務から離れている。彼女は「それはすいませんね」と悪びれる様子もなく謝罪した。

「話したらまた熱くなっちゃいましたよ、せっかく忘れてたのに」

 隊舎に戻る気はないらしく、もう一度彼女は寝転ぶ。しかし先ほどとは違い、敷布の端の方に身体を寄せている。吉良はそんな彼女の様子に皺を眉間に蓄えたが、その空いた空間に誘われるように彼もまた寝そべる。近くに迫った、そんな吉良の顔を見ながら、彼女の唇が緩やかな曲線を描いた。

「森林浴はですね、身体に良いんですよ。樹木の香りが心を落ち着かせる効果を生んで―――ほら、吉良副隊長耳を澄ませてみてください。聞こえるでしょ? 枝葉のさわめき。風に揺られた枝葉の音は気持ちが安らぐ効果があるんですよ」

 吉良は瞳を閉じその音を聞くように集中しているようだった。彼女は再び半身を起こして、彼を見下ろした。

「眉間の皺、なくなりましたね?」

 そんな彼女の言葉を遮るように「きみは―――」と吉良は声を発した。

「きみは僕より博識だね」
「日頃使えないような雑学だけですけどね」

「普段は何にも役に立たないから部屋にいると居た堪らないんですよ」と彼女は憂いを湛えた。

「そんなことはないよ、くんがいないと僕は仕事が手につかなくなる」

 だからこうしてきみを探しにきたと、吉良は閉じていた瞳を開き彼女を見詰める。

「なんですかそれ。その気もないのにそんなこと言わないでくださいよ。勝手に期待しちゃうじゃないですか」

 彼女は口元に苦笑を浮かべて、やりきれない表情をする。

「それをどう取ってもらっても、僕は構わないよ。くんが傍にいれば、僕の眉間の皺はここに来なくても簡単に取れる」

 吉良は腕を伸ばして、彼女の頬に触れる。

「これってさ、森林浴と同じ効果だと思わない?」

 感極まって彼女の瞳が潤む。それを悟られないように「仕事へ戻りましょう」と彼女は立ち上がった。

「素直じゃないね、きみも」
「悪かったですね、私はこういう性格なんです。知ってるでしょ?」

 彼女は吉良に手を差し出した。

「副たいちょーの希望とあれば置きものにでもなってあげましょう。だから書類仕事頑張ってください」

「きみもやるんだよ、きみも」と、吉良はその手を受取った。






※第1回企画で参加させていただいた「萌黄」の続編となっております。