――ギンの髪の毛の色は薄いから、臙脂色がよく似合うね。
彼女はよくそんな風に言っていた。臙脂色の飾り紐で、遊ぶようにギンの後ろ髪を束ねては笑う。
『私はほら、髪の毛が黒いから、臙脂だと重くなっちゃって』
そんなことはない。市丸は彼女の黒い、濡れたように艶やかな髪が大好きで、白いうなじにかかるそれを綺麗だといつも思っていた。
『私のことを綺麗なんて、ギンはほんとに物好き』
そんなことはない。市丸は彼女の全てを綺麗だと思っていた。
陶磁器のように滑らかで白い肌、腰の丸み、細くて長い手足、すっと伸びた臍まで。
それでも、市丸が一番好きだったのは、彼女の目だった。
薄い鳶色の虹彩。柔らかで穏やかで、それは陽だまりを思い出させるような。
『悔しいけど、それ、ギンの方が似合うなあ』
全然悔しくなさそうな口調で彼女はそう言い、飾り紐をそのまま市丸の手首に結んだ。
『じゃあ、これはギンにあげちゃおう』
『――ええの?』
あどけない申し出に、市丸はゆったりと微笑んだ。
『うん、』
彼女はそうやってささやかなものをしょっちゅう市丸に与えた。まるで自分の気持ちを切り分けて少しずつ彼に捧げるかように。
「…
そうだった、彼女の名前は、確か と言った。
もう名前も確かではないけれど、実際その名前を口に出してみると、未だに市丸の心は柔らかく締め付けられる。

そういえばいつか彼女にもらったあの臙脂の組紐はどこにやってしまったのだろう。今ここにそれがあれば。
そんな詮無いことを考えたが、自分はもう死神ではないし、 はここには居ない。
を幸せにするのは自分ではなかったけれど、彼女が今、どんな形であったとしてもどうか幸せであればいいと思う。
白く枯れたような世界で、市丸は静かに遠い昔を考えた。