「チャンにはボクが見えてはるんやねぇ・・・」
綺麗な星空の中、ぽっかりと浮かんで現れた自分と同い年くらいの小さな男の子。
無邪気だったから、良かったのだ。
驚きもせず、狐の化身かとやっと聞き返した。
「いややなぁ、」
大して嫌そうでもない素振りでにぃと上がる口角がにはやはり狐を想像させた。
「ギン、覚えてや。これから何度もここへ来るんやから。」
そう言うと、まるで誰かに呼ばれているように夜闇を振り返って、さよならも言わずに羽織の裾を翻して、一瞬で消えた。
何度も来ると言いながら、ギンはそれからの前に姿を現すことはなかったのだ。
「こんばんは、」
懐かしいイントネーションが聞こえて。
狭いベランダに出ると、月のように白く浮かんだギン。
「大きゅうならはりましたなぁ、チャン。」
そういうギンも青年の姿なのに、とは口に出さずに夜空を仰ぐ。
奇妙な、それでいて懐かしさが漂う羽織、その背に三の漢数字。
「袖にあった・・・五の・・・」
言いかけたにギンはきょとんとしてからあぁ・・・と感慨深そうに自分の左袖を見やる。
「そないに、昔やったか・・・」
ギンの呟きはには悲しみを帯びて伝わる。
「ギン。」
「はいな、」
「私、待ってた。」
見上げていたはずのギンが同じ目線まで降りてくる。
怖いとは思わない。
「ボクもチャンがこないに可愛らしゅうならはるんやったら、もっと早う来るんやったわ。」
髪に触れるギンの白く細い指は氷のように冷たい。
それはまるで、の髪にないはずの神経がささくれ立つ様な冷気。
─ 嘘、
は首を振る。
「ギンは、居てくれた。時々だけど・・・」
─ しらばっくれないでよ・・・・
俯かずに、ギンのいない方向に顔を上げて星空を仰ぐのは涙が零れないように。
「かんにんぇ・・・・」
やはり冷たい指が瞳から滑ろうとする涙を拭ってくれる。
必ず、夜だった。
はギンの気配を感じて振り返ったり、見上げたり、思い立ったように夜中に飛び起きて窓を開け放ってみたこともある。
「ギンを、待ってた。」
黙って、ギンは静かに微笑む、それが合図。
魂魄がギンの手のひらの上で、蝋燭の灯りのように頼りなく揺れる。
五の副官章を付けていた頃、ギンはこの魂魄を自ら魂葬することが出来なかった。
「やっと、ボクに帰ってきてくれはったんやね。」
捧げるように手の中の灯りを空に翳すと満天の星の中に美しく溶ける。
足元には・・・糸の切れた操り人形のような肢体のがいて、幸せな夢でも見ているように安らかに目を閉じている。魂魄は先に虚夜宮へ、
の肉体は朽ちる前にギン自らの手で。
「一緒に、行こ。」
─ あのひとがやっと許してくれたんやから、大事なものをひとつだけ、持ってもええと言うてくれはったから。ボクはキミを連れて行く・・・
に恋をして、勝手に今日まで生きさせて、勝手に迎えに来たギンは静かに抱き起こして、温かみが残る頬に唇を当てる。
初めて会った少年の日から、を迎えに行くまでは決して死なないと決めていた。
─ ボクな・・・・
チャンには届いてないと思うてたんよ。
六等星の光のように決して届かへんと・・・思うてたんよ。
せやから、こないなことしか考えつかなかったんや。
この空に広がる月と星のように、現世の女の子のそばにずっといたいとか、好きになって欲しいとか、そんなん・・・死神風情が、おかしいやろ。
ふたりが帰る場所は白い闇の世界。
ギンは知らない。
胸に抱いたの唇がもし動いたなら、胸震える返事が返ってきたであろうことを。
─ ギンは六等星なんかじゃないよ、
─ もう、ひとりじゃないよ。
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