「邪魔をする。」
朽木白哉はその言葉と同時に襖を開けた。
六畳ほどの座敷は、障子戸その向こうの縁側の戸を開け放しており、部屋の中が暗く感じるほど庭から燦燦と日が差し込んでいた。
縁側に近い場所に庭に向かって正座したこの家の主人は、振り返りもせずに
「ご招待した記憶はありませんけれど。」
と言った。
「私が用があって参ったのだ。」
「何のお持て成しも出来ませんが。」
「構わぬ。」
白哉は答えながら座敷の中心に置いてある座卓に向かい座った。
そこで会話は途切れる。
庭から聞こえてくる小鳥の鳴き声だけが沈黙を埋める。
この家の主人、は身動ぎもせずに庭を見続けている。
紫紺
「体調は、もう良いのか?」
沈黙を破ったのは、白哉の方だった。
ずっと黙り続けていても仕様が無いので、この場所まで来た目的を果たそうと言葉を発した。
「怪我は癒えたのかと仰りたいのですか?」
「ああ。」
「傷はもうすっかりよくなりました。卯ノ花隊長が直々に治療してくださったので、痕も残っておりません。」
「そうか。」
答えるの声はしっかりとしていて、白哉は安堵した。
「ならば、」
白哉は一つ息を吸い、言葉を続ける。
「いつまでそうしているつもりだ。」
藍染一派の謀反騒動の際、も背中を切りつけられる大怪我を負った。
その治療をしていた綜合救護詰所を大所し自宅に戻ったのは、1週間と少し前だと白哉は聞いている。
けれど、は仕事には復帰せず療養と称して自宅に篭っていた。
「いつまで、とは?」
「吉良を助けるのはお前の、三番隊三席であるの仕事だ。なのにいつまでそうしているつもりだ。」
「流石六番隊隊長は余裕ですね。」
他の隊の事まで気に掛けて下さるなんて、とは小さく嗤った。
「そうでもない。」
確かに他の隊と比べると人的被害は少なかったとは言え、隊長副隊長共に重症を負った六番隊も、事後処理に追われ慌しいのは他隊と変わりは無い。
「だが、」
「そう言えば朽木隊長も阿散井副隊長も大怪我を負われたそうですね。」
じゃあしっかりとお休みにならないと、とは庭を眺めたまま続けた。
「六番隊も大変ですね。」
「仕事は尽きぬのはどこの隊も同じ。そう休んでも居られぬ。大変だと言われればそうではあるが、」
「……。」
「隊長が抜けた隊はもっと大変だろう。」
は百夜の台詞に今度ははっきりと自嘲気味に笑いを漏らした。
「判っていても動けない時もあります。」
「……。」
「朽木隊長には解らないかもしれませんが。」
「吉良や檜佐木も遣り切れぬ思いをしている。」
「……。」
「しかし耐え動いている。目の前の仕事に集中する事で紛れる事も有るだろうが。」
「……。」
「それ以上に、まだ先に辛く暗い未来が待っていると知っているからだ。」
「……っ!一緒にしないで下さい!」
掠れた声で小さく叫び、は俯いて膝の上に置いた手を強く握った。
「一緒になんて……、しないで。」
聞こえてきた涙声に白哉は眉を顰めた。
「、」
「一緒にして、裏切られた事にして、それで動けたら、」
「……。」
「……こんなには、っ!」
俯いたまま吐き出していたの言葉が不意に止まる。
白哉がいつの間にかのそばまで来ていて、その手を伸ばしの頭を撫でたからだ。
そっと、宥めるかのように。
「泣きたい時は我慢せずに泣け。」
「……え?」
「声を出して、気が済むまで泣け。」
そこでやっと、は白哉を振り仰ぐ。
「心の闇は捉まると厄介だ。ここで吐き出しておけ。」
「……。」
を見つめる白哉の目には悲しみとも哀れみも優しさも何もかもを内包していて。
の瞳から涙が一筋溢れてしまうと、もう止める方法は無かった。
「……私、」
「何だ。」
「あの人を、殺さないといけないの?」
の髪を梳くように撫で続けていた白哉の手が止まる。
「ギンを、殺さないといけないの?」
「そう、なるかも知れぬ。」
白哉は答え、手を再度動かし始めた。
遠慮がちではあったけれど、はっきりとした白哉の言葉に、または涙を流す。
「そんな事、出来ない。私……、」
「、」
「私はあの人のことなんて何一つ解っていなかった。……けど、」
ギンがいなくなった事よりも、敵になってしまったことよりも。
何を思い何を考えていたのか、一つも判っていなかった自分が情けなくて悲しいとは思う。
それでも。
「愛しているの、愛されていたって信じたいの……っ。」
が負った大怪我は、彼女が愛していると言う市丸ギンの手によるものだった。
旅禍騒動の際、隊長副隊長が総動員されていたためは三番隊隊主室に詰めていた。
市丸は事を起こす直前、地震の隊主室にふらりと戻り、後ろから一太刀、躊躇いも無くを切<り付けたと言う。
二人の付き合いは周知の事実であったため、市丸が最初に手を掛けた人物が自身の恋人であったことに皆驚き非難した。
きっと他のものがの今の言葉を聞けば同情や哀れみを感じるだろう。
ただ白哉はふと考える。
それは市丸の優しさだったのではないのだろうか、と。
太刀傷はすっと綺麗な一筋で、四番隊席官の治療を受ければ消えてしまうようなもの。
冷酷を演じながらも、意図していたのではないだろうか。
大怪我とは言え痕も残らぬような怪我を負わせながらも、死の危険がある争いの場から遠ざけた。
それは市丸の優しさでを愛していた証拠なのではないだろうか、と確証は無いが白哉は思ってしまった。
これが事実なら、市丸の罪は更に重い。
はらはらとただ涙を流すだけのを見ていられなくなり、白哉は頭を撫でていた手を後頭部へ滑らせを胸に引き寄せた。
頭を背中を撫でてやると、は耐え切れなくなったのか白哉の死覇装の襟を握ると。
声を上げて泣いた。
心に巣食う闇は深く暗く、振り切るには大きな代償を伴う。愛憎が絡むなら尚更。
でもいくら底無しに暗かろうとも深かろうとも、闇は真の闇ばかりではないと白哉は思う。
真の闇と思えば、そこは真の闇なのだろう。
だとしてもいつかは必ず何処からか光差し、小さく薄く漆黒を紫紺の闇に変える。
だから人は生き、終わりない命でも前を向くことだできるのだと、白哉は知っている。
今はまだ無理でも。
いつか。
願いながら白哉はただの涙を受け止めた。
the end
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素敵な企画に参加させていただいてありがとう御座いました!
実力不足な話で申し訳ないです……。
20090131/門脇宥
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