遠い話しなのか近い話しなのか。
巡りゆく年月が関係ない俺達にとっては、そこは重要無いのかもしれない。
だが例え遠くても、近くにと思いたい。
側で感じたい。
頬を伝う雫が一つ、雪の絨毯に静かに溶けた。
胡蝶楽
ガサガサと、いやそれ以上のでげぇ音をたてながら書庫の中から捜し物を取り出す。
埃被っているその中は何とも言えない匂い。というか空気。
自然と片目を瞑り、息もなるべくせぬようにと顔の神経も勝手に動く。
やっと見つけたと思えばお決まりのように上から本の束が落ちてきた。
「・・・・大丈夫ですか?隊長。」
「・・・・・・・おぉ。」
後ろからの松本の声に返事をする。
しゃがみ込んで俺の上に乗っかっている本を除けながら、心配の声は早くも笑い声になっていた。
「隊長でもこんな事ってあるんですねーー。ちょっと意外。」
「・・・・・・・・・・。」
意外なのはお前だけじゃねぇ。
俺自身でもあり得ない事だ、こんな事態。
「疲れ溜まってますでしょ??散歩して来たらどうですか?」
「お前に言われちゃ世話ねぇな、俺も。」
「完璧な人はいませんからね。隊長だって例外じゃないですよ。」
”はいはい行った行ったー”と背中を強引に押され執務室の外へと追い出される。
いつもなら適当にあしらって終わっていたが、そんな事すら返す気力が無い。
自分自身に呆れるな。情けねぇ。
部下にまで心配を掛けてるのも情けない。
下を向いたまま一つため息をし、庭の方へ進路を決め廊下を歩いた。
よく積もった雪は昼間の日射しにも負けず、溶ける事を始めない。
門の所を通れば、入り口が通りやすいよう雪掻きをしている隊員が数人。
和気藹々と聞こえる話し声に、元気が取り柄だなと再確認する。
元気が取り柄。何よりだな。
隊長に就任してからは思わなかった、感じ取る事がなかなか出来なかった、周りの日常、隊員の性格、表情。
隊内のどこでどいつが今、何をしているのか。
分かるようになってまだまだ日は浅い。
もっと理解してやる事は多く、そしてまた理解し今以上に慕い後に付いてくるよう、俺自身まだまだ修行が必要。
廊下を走りながら元気良く挨拶をしてくる隊員に返事をし、そして廊下を突っ切った。
「日番谷さんってアレですよね。冷たいですよね。」
「いきなり何だ。喧嘩売ってんのか?」
「思った事を言ったまでなんですけど・・・。」
護廷十三隊に入ってからしばらく経った頃、当たり前だが俺の下にも後輩が出来、それはいつしか部下になっていた。
小さい小隊を任される時期は早かったが、小隊の長はなかなか面白く俺なりに結構充実した毎日を送っていた。
そんな中、俺に会えば激突して来て、そして静かに話しだしたかと思えば訳のわからねぇ事しか言わねぇ。
という人物とどうも波長が合わない。
「あ、もしかして自覚ありません?」
「何の。」
「冷たいっていう、冷血人間っていう。」
もう一度念入りに”なし??”と覗き込みながら聞かれれば、いくら相手が部下で女であっても一発ぐらいと思ってしまう。
それはきっと仕方のねぇ事だろ。
「あー怒らないでくださいよ?悪気無いんですから。」
「それが一番たちが悪りぃ。」
「あははっ、よく言われます。」
さっきとうって変わり、にこにこ笑いながらこっちを見る。
パキパキと落ちている枯れた枝を折りながら、今度はその笑顔が少しずつ消えた。
「よく言われるんですよねー、私も。」
「よく?」
「はい。目つき悪いーとか、後輩に対する態度が冷たいーとか。院にいたころは上級生によく呼び出しくらってました。」
「目つき悪くねぇだろ、お前は。」
「今は治療したんで、視力が多少上がって目を細める事が減ったからですよ、多分。ここに来たての頃はめちゃくちゃ目、
悪かったですから。目を細めないと見えないんですよ。それが”目つき悪い新兵”になってたみたいで。」
来たての頃を覚えてねぇから、がどんな目つきをしてたのかなんざ分からねぇが。
だが、入りたてに周りからそう言われるのはきついな。
「それが終われば、今度は後輩に対する態度が冷たいって。真剣な任務中に面白可笑しく冗談言えってのが
難しいと思うんですけどね。あーーー何だかなぁーですよ。だから日番谷さんに言ってみたんです。」
「何がどうで”だから”が来るんだ。」
「誰かに対してその言葉を言ってみたらどうかなぁって、自分自身が。・・・・・言ってて気分良いもんじゃないですね。」
「そうか?」
「そうですよ。目の前の人の顔は曇って行きますし、私の胸だって何か痛いですもん。」
「そうか。」
「日番谷さんは誰かにこんな事言った事ないんですか?」
「己を棚に上げて言えねぇだろ。」
「あ・・・やっぱ自覚あるんだ。」
「お前な。」
ふふっと笑うにため息をつく。
どこからが本気でどこからが次の感情なのか、今ひとつ掴めねぇ。
自分の部下だってのにな。
つんつんと枝を持っているがそれで俺の膝を突く。
顔を見れば、今度は申し訳なさそうな顔。
「さっき言った事、私思ってませんから。」
「さっきって、どの内容だ?」
「最初の。冷たいとか思ってませんから、日番谷さんが。」
「へぇ。」
「疑ってますね、その顔。・・・・・日番谷さんは優しいですよ。任務の時も周りを気遣って、演習の時だって私達が仮眠に入った後、
一人木を背もたれに天幕の周辺見張ってくれてますし。帰れば真っ先にするのは私達の健康状態の把握。他の所の人って、大概は
いの一番に隊長に報告行くらしいですよ。自分の成果のみって、同期が言ってました。それに・・・・・・。それに・・・・・・。」
身体の後ろの地面についてある俺の手を取っての前へと誘導される。
両手で包み込まれるように握られる俺の手はそこから行き場を失った。
「ほら・・・・あったかい。」
「冷たいだろ、どう考えても。」
お世辞じゃねぇが、あの斬拍刀を手にしてから俺の体温はそこまであがらない。
ましてや冬場の外で手がぬくい訳がない。
「分かる人には分かるってやつですよ。」
「何だそれは。」
「それに手が冷たい人は心があったかいって言いますし。でも手もちゃんとあったかいですよ。」
「そうかよ。」
狂う。
調子が狂う。
波長が合わねぇのも、会話が咬み合わねぇのも、そう、全て狂わされてんだ、此奴に。
俺という物が崩れて、そして狂ってしまう。
一言一言に耳を傾けたくなる。前からそうだった。”次は何を言い出すんだろう”そんな気持ちで。
だが今はどうだ?
そんな内容よりも、ただ此奴が話す事や、此奴の事に興味があって耳を目を向けてんだ。
「計算か?」
「・・・・はい?」
「それとも天然か?」
「・・・・・何がですか?」
「お前の行動、発言。全部だ。」
目を開いただったが、やっと俺の言っている意味を理解したんだろう、握っていた手をぱっと離すと掌をこっちに向け
ぶんぶんと手を振る。
「ちっ違います!・・・・・そんな厚かましい事・・・・っていいますか・・・・えっと・・!!兎に角、違いますっ・・・・!」
「そこまで否定すんな。」
「や・・・・だから・・・ですね・・・・・・。えっと・・・・・・。」
「試したか?」
「!!!そっそんな事しませんよ・・・・!!私はただ・・・・!」
「ただ?」
「たっただ・・・・・・・・。その・・・・・。」
「何だ?」
もごもごと目の前で慌てそして顔が赤くなったりと見ていて面白い。
というか、あれだな。こいつと会話をしていて俺が主導権持ってんのなんか初めてじゃねぇか?
毎回、訳の分からねぇ話しに付き合ってただけに。
「まぁ、ゆっくり言いたい事まとめとけ。どうせ午後から非番だ。たっぷり時間はある。」
「・・・・・・私仕事に・・・。」
「戻ってもかまわねぇけど、いいのか?」
「・・・・・!!!」
の正面に身体を移動させ胡座をかきながら、正座をしている顔を下から覗き込む。
それと同時に右手を後頭部まで回し、ぐいっと俺の方へと引きつけた。
「いいのか?」
「・・・・・・・・うっ・・・・・。か・・・・っ・・・。」
「あ?」
「か・・・顔が・・・・距離が・・・・・・・っ。」
「中途半端か?仕方ねぇな。」
「・・・・え?えぇぇ・・・・・・!!??」
「ちょっとは音量下げろ。耳痛ぇだろ。」
「だ・・・・っだって・・・・!!ひっひっひ・・・・・つがや・・・・」
引きつけた手はそのままに、新たに持って行った左手も後ろに回し、そして自分自身もぐっとに近寄った。
回した手での頭を俺の胸元へと運び、そして包み込む。
腕の中で収まる事なく声をあげているに思わず笑う。
「は根性あるのかねぇのか分からねぇな。」
「これは根性ある無しの問題ですか・・・・!?」
「問題だろ。」
「こんな事日番谷さんにされたら・・・・!誰だって・・・こうなりますよっ・・・!!」
「なるかよ。」
「なります・・・!!」
「ならねぇ。」
「なる!!!」
でけぇ声で叫ぶ。何やかんやと文句を言いながらも俺の手を払う動作は見せねぇ。
それは自分で気付いてるのだろうか。
気付いてなさそうだけどな。
耳に掛かっている髪を手で除け、そしてその耳元へと口を運んだ。
「お前以外にやらねぇから、なんねぇんだ。な?分かるか?」
背筋がぴんっと張りながら、先程までの元気はぴたっと止まった。
俺の左の裾を掴んでいる手に少し力が入った。
計算か、天然か。
そんな事、今となればどうでもいい。
どうでも。
耳元から口を離しそして身体も離し、をまた覗き込んだ。
「掴めねぇ奴だと思っていたが。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「分かり易い奴だったんだな、お前は。」
「・・・・・・うる・・・・さい・・・。」
確認する間でもくなく真っ赤の顔で、最後に俺の腹に一発拳をねじ込まれた。
庭に来ると、あの場所へ行くと思い出して仕方がない。
思い出したく無いと、一度も思った事はない。
むしろ、それを思い出す為だけにここに来ている。
彼奴が居なくなっても、月日は何事も無かったかのように回る。
彼奴が居なくなって、翌年、俺は隊長になった。
天才児だとか周りから言われたが、そんないいもんじゃない。
ただその時は忘れたいが為、彼奴をじゃない、彼奴が居ないというこの場所を忘れたいが為にただ、錬成に励んだ。
闘う事が一番その事から気が逸れた。それだけの事。
「隊長!!」
廊下を走って来る松本の前には地獄蝶。
緊急任務か?
「すぐに集まりをと!詳細はわかりませんが、行きましょう!!」
蝶から場所と時間の簡単な内容を聞くと、その場から飛んで行く。
その蝶を見つめ、そして。
「隊長・・・?どうかなさいましたか?」
「なぁ、松本。お前は地獄蝶が嫌いか?」
「・・・・・そうですね。あまりいい内容を持ってきませんので・・・。」
「そうか。」
「・・・・・隊長・・・・・?」
「俺は地獄蝶が飛んでくると嬉しくなる。内容なんてどうでもいい。ただ彼奴が飛んで来る、それだけが・・・・。」
舞う。
舞うその蝶は、いつかののように。
空は飛べずとも、俺の前で大きな動作で笑い、怒り、そして手の中で小さく羽根を折りたたむ。
任務の時も先頭を切って後輩を支え、そして任務後の宴では冗談言って皆を沸かせ。
その舞う姿が好きだった。
何とも言えねぇ、その姿が。
ただ今もずっと後悔する。その姿を見たいが為に高くそして遠くへと手放してしまった事を。
閉じこめておけばよかったと。
二度と舞えなくとも。
本気でそう思った時は既に彼奴が居なくなってからだった。
「・・・・行くぞ。松本。」
斬拍刀を縛っている布をもう一度締め、そして松本の前を通過する。
「隊長・・・・・!」
「何だ?」
後ろから走ってくる松本が俺の隣へ来た。
「自由なんですよ・・・・きっと。ずっと。これからも何も縛られずに。」
「・・・・・・・・・・・。」
「だから・・・・・。」
「醜い。」
「・・・・・醜い?」
「あぁ。醜い感情が何年も湧き出ていた。だが今は違う。」
空を見上げる。
眩しい光が目に染みこむ。
「あれが、あれこそが本来の姿だったと。最後の笑う顔がそう言っていたように。」
「・・・・隊長。」
「舞ってこその彼奴だった。俺は誇らしく思う。」
溶かした雪はどれぐらいだっただろう。
この季節が来ると思い出す度に溶かし、それでも尚積もる。
雪の絨毯に残る足跡は一つになってしまったけれども、今はもう溶かす事はない。
「ほら、・・・・あったかい。」
悲しみで溶かす事よりも
温もりで溶かすように。
溶かす雪を側に感じながら。
END
「BLEACH夢参加企画」「君の鳴く場所」狛犬様サイトさんへ参加させて頂きましたv
難しいお題でして、ちょっと無理矢理的な感じもするのですが、これでお願いします(ぺこり)
ちゃんと胡蝶楽は勉強しました!四人で舞う舞台らしく、ちょっと見てみたい感じですv綺麗なんだろうなぁ。
狛犬様、至らぬ点多々あると思いますが、宜しくお願い致します。
2009 1 27 桜 つゆみ
天球映写機 ←お題配布サイト様。
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