「で、どうしてこんなトコに来たんですか?」
騒ぐ、潮風。
「昔ね、任務で来た事があるの。綺麗だったの思い出してさ。」
はしゃぐ、波。
「なら、一人で来たら良いじゃないですか。何で俺まで・・・俺、今日、非番じゃ無いんですけど。」
輝く、水面。
「だって、こんなに綺麗な海だよ?一人で見るの勿体無いじゃない。」
笑う、貴女。
「おはよう。」
「・・・・・・。」
「お・は・よ・う!阿散井君。」
「っ!・・・おはよう御座います、 先輩。」
護廷五番隊隊舎前。
一人は此処の新人隊員、阿散井恋次。
一人は六番隊上位席官、 。
ぼんやりと俯き加減で歩いてきた阿散井に、挨拶をしたものの返事が無く。
それでも、満面の笑みで彼の前に回りこんで再び声を掛けた 。 酷く驚いたような顔から、先程の挨拶は無視ではなく聞こえていなかったのだと。
は苦笑しながら。
「大丈夫?何か、元気無いけど?」
「大丈夫っすよ・・・別に、元気無くないですし。」
嘘。 わかり易い彼の嘘に、少しだけ考えるフリをして。
「ねぇ、今日、仕事は?」
「へ?」
「今日、仕事あるの?」
「あるに決まってるじゃないですか、勿論。」
ふぅん。と呟いて。 ニコッというようり、にやり。に近い笑い方で笑う彼女に少し悪寒。
「でも、そんな腑抜けた状態じゃ仕事捗らないよね。」
「え?腑抜けたって・・・別に・・・。」
未だぶつぶつ言う阿散井の死覇装の袂を掴んで隊首室の中に向かって叫ぶ。
「藍染さん!ちょっと阿散井君借りていきます!!」
「えぇっ!?」
阿散井が叫ぶや否や、彼を掴んだまま走り出す。 曲りなりにも彼女は席官。
あっという間に、現世へと。
「勿体無いって・・・はぁ・・・何なんすか・・・。」
「まぁまぁ、良いじゃない。偶には休んだって。」
「休みなら貰ってますよ。」
溜め息を吐きつつ、目の前で波と鬼ごっこを始めた に視線を向ける。
眩しいほどの笑顔を浮べて波打ち際を走り回る 。 少なくとも阿散井よりは長く生きている癖に、何を子供臭い事を。とも思ったが。 笑い声すら上げている彼女を見ると、何となく自分より年下なんじゃないかとも思えてきて。
「・・・プっ・・・何やってんすか。」
阿散井が噴出したのと、大波が を頭から飲み込んだのとが同時。
「きゃー!?阿散井くーん!!びしょびしょー!」
「わかってますよ、ちょ、来ないで下さいよ!俺も濡れるでしょうが!!」
きゃあきゃあ叫びながら阿散井に向かって走ってくる。
近くなってきても速度を緩めない に、慌てて立ち上がる。 大声を上げながら砂浜を走り回る二人。
「ちょっと、ほんと勘弁して下さいよっ!」
「なーんでー!?阿散井君も一緒に水遊びしようよー!」
「ガキか、あんた!」
怒鳴った阿散井に、後ろから飛びつく 。 足場の悪い砂浜を走っていたものだから、彼女の体重すら支えきれず倒れ込む阿散井。 うつ伏せに倒れた阿散井の上でケタケタと笑う、彼女に溜め息。
「結局阿散井君もびしょびしょー。あはは、怒った?」
何も言わない阿散井の顔を覗き込めば。
「別に、怒っては無いッスよ。」
呆れたような、それでも口許には笑みを浮べた柔かい表情で。
「良かった。」
「でも、そろそろ退いて下さいよ。ほんと、ガキみたいっすよね、 先輩。」
「ガキでいいもん!・・・阿散井君が元気出たんなら。」
「・・・え?」
小さく付け加えられた声色が、酷く柔かくて。
思わず見上げた の顔が今まで見た事が無い位優しくて。
ぽかん。と口を開けて見惚れてしまった。
「あはは。ほんとはね、水遊びとかしに来たんじゃ無いの。」
ごめんね、立てる?と差し出された手を掴んで座りなおす。
隣に座って膝を抱える はとても小さくて。 抱き締めたらすっぽり腕の中に隠れてしまいそうだ、とか考えてる事に気付いて。
まさか。と首を振った。
「阿散井君、最近、元気無かったでしょ?」
「あ・・・。」
「多分ね、死神になって日も浅いし、色々大変なんだろうなぁって思うんだ。」
「・・・ 先輩・・・。」
「実はね、私もね、死神成り立ての頃、すっごく辛くてさ。」
「何が辛いって解んないんだけど・・・色々 境も変わったからかな、とにかく毎日がしんどくて。」
「今の阿散井君みたいにずっと俯いてた。」
懐かしむように、砂を掌で弄びながらぼそぼそと喋る。 誰にも言っていなかった自分の苦悩を、自分にも覚えがあると理解してくれて。
「霊術院出る時はさ、死神になったらバンバン虚倒してすぐに席官になるんだーって意気込んでた癖にね。あはは、弱かったんだよね。」
「で、初めての現世でのお仕事の時に、ここ見つけたんだ。」
そう言われて、視線を上げれば青。 鮮やかで眩しい空の水色に、深く静かな海の紺碧
「なんかさ、この海見てるとさ、自分でもよく解ってないもやもやとか色々スッと抜けていく気がしない?」
「私はね、ここに来ると仕事のストレスとか対人関係のイライラとか全部忘れられるんだ。」
「だから、阿散井君にも忘れてもらおうと思って。どう?元気出そう?」
言われてみれば、確かに何やら気持ちは落ち着いていて。 ただ、それはこの景色だけが原因では無い事が、阿散井には既にわかっていた。
「・・・そうっすね・・・確かに、何かうじうじしてんのが馬鹿みたいに思えてきましたよ。」
「そう?良かった。なら、びしょびしょになった甲斐もあったってもんだよね。」
「別に俺は濡れなくても良かったんですけどね。」
「もう!そんな事言うならもう連れてきてあげないからねー!」
「別に良いっすよ。一人で来ますから。」
にやりと笑って立ち上がれば。
「全く、減らず口ばっかり。」
ちょっと唇を尖らせて見上げてくる。 その表情に酷く胸が高鳴って。
「・・・帰りますよ。」
「え、もう?」
「言ったでしょうが。俺、今日仕事あるんスから。」
「しょうがないなー。阿散井君がそんなに真面目君だとは知らなかったよ。」
先程、 にされたように手を差し出せば。 そっと手を重ねてくる。 力を然程込めずとも持ち上がる体に、本当にこの人は上位席官なのかと疑問にすら思えた。
「・・・ さんは、今日は非番なんスか?」
ただ、名前を呼んだだけなのに。 馬鹿みたいに煩い心臓に熱が篭る。
振り返った の、少し驚いた顔。
それも、一瞬の後に満面の笑顔にかわって。
「うん、暫く非番。昨日まで長期任務だったから。」
「あ、そうなんスか。」
「恋次君の非番はいつ?」
「え?」
尸魂界に戻る扉を潜りつつ。
「もし、私の非番と重なったら、今度は甘味屋に付き合って?新しいお店が出来たの。」
良いでしょ、恋次君?
「・・・良いっすね。付き合いますよ。」
最後に振り返った海は。
深く、青く、煌いていた。
An Azure
Sea
(恋次が死神成り立ての頃。ただの先輩だと思っていた人に何時の間にやら抱いていた恋心。元気が出たのは海じゃなく、貴女のお陰。) とか色々、説明しなきゃわからない文章を書いてしまいましたあばば。
『君の鳴く場所』様提出作品 2008.08.15 てん
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